第一話 〜Little Blead,Vast happiness〜

 

 

何処へ行く?

純白の布に横たわり、瞳を閉じ、そして何も言わぬまま、

お前は一体何処へ行く?

俺には良く分からない機械と配線だらけの、真四角な小さな部屋の中に、

ただ小さく響く、ピッ、ピッという電子音だけが、お前を証明している。

大丈夫、まだ生きてる――――――――――と。

お前はこんなに頑張っているのに。

ごめんな、周りで見守ってやれるのは俺だけだったらしい。

周囲には誰もいない。さっきまでここにいた白衣のおっさんも、今は席を外している。

本当に誰もいない。親とか、親戚とか………俺以外、誰もいない。

そういえばお前は独りだったっけと、今更ながらに思い出した。

今のお前には、どうでもいいことなのかもしれないけど。

なぁ、お前、生きてるよな?

それでも頑張って、生きているよな?

小さく響くこの音が証明するように。

 

 

 

―――――酷い交通事故だったらしい。

見通しの悪い深夜の道で、一人の男子高校生が車に轢かれた。

当時は人通りも全く無く、事故に遭った少年はそのまま早朝にたまたま通りすがった人物に発見されるまで、

大量の血液を流したまま、路上に横たわっていた。

それでも奇跡的といおうか、それとも大した生命力といおうか、発見された時、少年にはまだ微かに息があった。

しかし時既に遅く、既に大量の血液を失っていた少年は、暫く後、搬送先の病院で、静かに息を引き取った。

 

 

 

そうして親友は死んでいった。

…いや、突然殺されたんだ。何の前触れも無いまま。何の抵抗もしないまま。

誰かとつるむのは煩わしくて嫌いだった。

それでもあいつだけは、本当に『親友』だと思えるような、そんな奴だった。

女みたいな幼い顔をしてるくせに、口だけは一丁前に悪くて、強くて、寂しそうな表情なんて見せた事は無かった。

俺なんかより、よっぽどあいつの方が独りぼっちだったってのに。

半年前、強かったあいつがあっけなく殺された。

悲しかったというよりも、呆然とした。

今から丁度一年位前だったと思う。高校三年に進級して、進路先をそろそろ本格的に決めないといけなかったとき、

「一緒の大学に行こうぜ!」

って、あいつが言い出した。約束してたんだ。

それなのに、今俺はここに一人で立っている。

 

もう誰ともつるみたいとは思わない。

大切な人間なんて、一人だけでいい。

 

たった一人で大学のキャンパス内を歩いていると、目の前を一台の車がかすめ、俺の前に停まり、運転席の窓が開いた。

「聡史君、今帰り?」

運転席の女が微笑みかける。

「あぁそうだけど。奏(かな)もか?」

「ええ。折角だし乗ってかない?」

「俺、これから行く所があるんだけど…」

「いいよ、送ってくよ。」

誰とも馴れ合おうとしない俺にとって、奏は特別で大切な存在だった。

高校時代はよくこいつと、親友と三人でいた。

奏はとても美人だけど、普通の女みたいにギャーギャーと騒がしいところが無く、落ち着いていて、とても話しやすい相手だった。

数少ない俺の友達………ということにしておこう、取り敢えず今は。

「で?行き先は何処でしょうか?」

「取り敢えず、古浜町の霊園まで頼むよ。」

俺がその言葉を発した瞬間、奏は俺が意図する事を理解してくれたらしい。

「そうか、今日って確か、薫君の……………」

 

慣れた手つきで、奏は霊園の狭い駐車場に車を停めた。

扉を開けると、そこには霊園特有の妙にどんよりとした重苦しい空気が漂い、俺を襲う。他に客は誰もいない。

それもその筈、彼岸でもないこの時期に、しかもこんな天気のいい昼間から、悠長に墓参りなどしている暇人もそうそういないだろう。

そんなことを二人で話していると、「じゃあ私たちは暇人ってことかしら?」と奏が笑って言った。

暗い霊園のさらに暗い隅っこに、たった一つだけ、ひっそりと立っている小さくて貧相な墓石の前に、二人で肩を並べて立った。

「よぅ、久しぶりだな……………薫。」

徐に腰を下ろす。奏は静かに俺の背後に立っていた。

本当は線香とか、供えてやりたいものを色々持ってきた筈だったのに、

いざ本人を目の前にすると、視界や身体が吸い込まれ、暫くはその場から動こうと思うことさえ出来なくなってしまう。

「私、バケツに水を汲んでくるわ。」

気を利かせた奏が踵を返し、敷地の外れにある小さな水道に向かって歩み出した。

反射的に振り返った俺は暫くその後ろ姿を眺め、そしてまた親友の墓石へと視線を戻した。

親友は何も話しかけてはくれない。…まぁ、当たり前か。

それでも生きていた頃のように無邪気な笑顔で話しかけてくることはもう二度とないこいつに、俺はまだ少しだけ馴染めなかった。

心の何処かで、まだ親友の死を受け入れられていなかったのかもしれない。

寒い冬を越したばかりの小春日の晴天の陽光が、待ってましたと言わんばかりの、春とは思えぬ灼熱を照り付けていた。

じきにまた暑い日々が始まるのだろう。

「こないだまであんな寒かったのに、全く…自然って奴ぁ気まぐれだなぁ、薫。」

親友は何も答えない。

「お前にとっちゃいい迷惑だよな、どんなに暑くても寒くても、この場でじっとしてなきゃならねぇんだから。」

無意識に微かな笑みを浮かべたけれども、いい気分はちっともしなかった。

「聡史君…お水。」

白いスカートの裾を少し濡らした奏が、その白く細い腕で、それに見合わないほどたっぷりと注がれたバケツを差し出した。

「あぁ、ありがとう…重かったろ?」

「ううん平気。」

「ほら、これで濡れたとこ拭いとけ。」

ジーンズのポケットに突っ込んだままにしていたハンカチを差し出すと、

「………ありがとう。」

と、少し恥ずかしそうに奏が礼を述べた。少しだけその姿に見入ってしまった。

それから墓石に水をかけ、持ってきた線香を供えると、俺達は程無くして霊園を後にした。

あまり長い時間留まっていたい気分じゃなかった。

ずっとそこにいると、何か重く暗い物に心が占領されて、感慨に耽ってしまうのだ。

一人ならまだいいが、あまりそんなみっともない姿を奏に晒したくなかった。

 

再び奏の車の助手席に座り、

「これからどうする?喫茶店でも入る?」

暫し奏と二人きりの時間を楽しもうと思った。

「…そうだな。」

そう言ったとき、カーステレオから一本のニュースが舞い込んだ。

「あら、やだ………」

奏がそのニュースに微かに反応した。

「嫌ね。世の中どんどん物騒になっていくんだから。」

まるで人事だとでも言わんばかりの話口調のキャスターの声に、決して他人事ではないとは言い切れない俺達は聞き入った。

 

『今朝未明、古浜町に住む会社役員・山本久雄さん(52)が、地元の暴力団員と思われる男達六名程に拉致拘束され、

更にその後殴る蹴るなどの暴行を加えられ、遺体で発見されました。』

 

「この街に暴力団なんていたのか。」

言うまでもなく、古浜町は俺達の地元だ。

これまで暴力団がいたなんて話は聞いたことは無かったが、実際に事件が起こっているのだから、相当性質(たち)の悪いのがいたんだろう。

運転しながら奏が心配そうな面持ちで聞いている。

まぁ、この辺にいてもおかしくないってことだから仕方ないだろう。

でも、そんなに心配しなくても大丈夫だと、………言いたかったけど、やっぱり照れくさいのでよしておいた。

 

「ありがとう奏。気をつけて。」

「うん。じゃあ、またね。」

内心男が送ってやるもんだよなぁと思いながらも結局家まで送られてしまった俺は、

誰もいないワンルームマンションの自室の扉の鍵を開け、静かな孤独の世界に身を投じた。

たった一つだけ、机の上に置いた写真立ての中の親友と奏だけが笑顔だった。

それを取り上げ、暫く見つめていた。

 

 

この時はまだ気が付かなかったんだ。親友の、本当の『死』の意味を。


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