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ーー三日月が、いつもに増して鋭く紅いーー
美しく妖しく淀む夜空を背景に、黒くどっしりと聳え立つ和の古城・・。
其の最上階にある狭く暗い一室から流れる空気が、
より闇の不気味さを醸し出しているのかもしれない。
其の部屋の引き戸には、夥しい数の札が張り巡らされている。
更に中の壁という壁には謎めく幾つもの漢字に象られた魔方陣が
描かれ、部屋の中央は蚊帳で囲まれていた。
そして、其の蚊帳の中には、二人の人物と古めかしい刀が一つ。
おかしなことに、其の刀はかたかたと長い間ひとりでに小刻みに震えている。
おまけに、其の刀も札と紐でぐるぐる巻きにされ、簡単に動かないように固定されていた。
其の様子をじっと見ていた二人の人物のうちの一人、
藤色に輝く艶やかな長い髪を携え、手には大きな水晶玉を抱えた少女が漸く口を開いた。
「もうそろそろですねぇ。この状況に耐えられないみたいですよ?星さん」
其の向かい側に座りまるで眠っていたように眼を閉じていた名を呼ばれた人物、
星は顔をすっと上げた。そして問題の刀を見交わす。
「・・もう少し待ってみようか、湖頃。こいつは、そう簡単には本性を出さない」
そう云いつつ星は、用心深く手に隣に置いておいた番傘を握り締める。
一方少女、湖頃はうんと軽く頷くと、懐から幣を取り出すと、
頭上に掲げゆさゆさと振り回し、経を息継ぎ無く呟き始めた。
其の途端、其の刀は激しくがったがったとまるで悶えるかのように暴れ始めた。
「よし、湖頃、近いぞ」
星の一言を合図に、二人はばっと立ち上がる。其の途端、
刀を縛っていた札が一斉に燃え、紐がぶつりと千切れる。
そして自ずから刀が鞘から抜かれ、剥き出しの刃は宙を浮いた。
其の侭、二人に目がけて一直線に飛んでくる。
「二手に分かれろ、」
二人は慌てて蚊帳から飛び出すと、各々別方向に走り出した。
今や妖気を帯び狂ったように飛び交う刀は、星を追って矢のように空を切る。
星は、番傘に仕込まれた細く鋭利な刀をすらりと引き抜くと
襲い来る妖刀と一騎打ちした。キィンと乾いた鉄のぶつかり合う音が部屋に響く。
「星さん、其の侭で居て下さい!」
駆けつけた湖頃が手にした大きないかめしい札を、思い切り
星の刀に吸い付くように離れない妖刀にばんと貼り付けた。
其の途端ーー刀から、ぶわっと黒ずんだ紫の煙が滲み出すと同時に
何か黒い塊が手毬のようにぼんと跳ね、煙幕に紛れていった。
「出た!」
げほげほ咽ながら煙を掻き分け、其の物体を探すうちに
視界が漸く開けると星は思わず息を小さく飲んだ。
眼の前には、二人の人物らしい影があり、よく眼を凝らすと、
二人とも藤色の長髪、手には大きな水晶玉ーー二人とも湖頃にそっくりである。
いや、どちらかが間違いなく本物の湖頃で、もう一人は偽者の湖頃。
「・・湖頃・・?」
星と眼があった右側に居た湖頃は、慌てて手を横に振って叫んだ。
「私、本物よ!妖怪が私に変身してあなたを惑わそうとーー、」
そして左側の湖頃を振り返る。見ると、驚くべきことに
もう一人の少女は優しく微笑んでいた。
「星さんの思う方を、斬って下さい」
其の答えを聞くや否や、星はだんと聞き足で地面を蹴ると、右側に飛び掛った。
「覚悟しろ!」
「な、何をす・・」
言葉はそれ以上続かなかった。
星がずばっと刀で偽者の湖頃を真っ二つに斬ると、
其れに続く声はもう既に声には聞こえがたい、
バリバリと雷が落ちるような雄叫びへと変わっていき・・
再び灰色の煙が噴出し舞いちる。漸く煙が治まり視界が開けた頃には、
偽者の湖頃であった妖怪の居た場所には、肩で刀をとんとんと叩く星と、
足元には黒々した髪の毛の束が一房ぽとんと置かれていた。
星は其れを拾い上げて湖頃ににっと笑いかけると、
湖頃は一息吐いて微笑むと、よっこらせと座り込んだ・・。
「ええ・・ま、間違いなくこの髪の香りは雛菊のものです・・
懐かしい金木犀の馨だ・・。
・・ということは、この事件は全て・・」
夜が空け、朝焼けが闇を追い払い、城を明るく照らし出す頃
二人は無数の畳が広がる大広間で城の主人と対面していた。
「はい。貴方の云うとおり、其の髪の持ち主であった貴方の亡き妻雛菊さんの
亡霊が事の顛末の主犯格でしょう」
「何か心当たりはありますか?雛菊さんは確かに病死だったのですか?」
星と湖頃は丁寧に出されたお茶を啜りながら事件の核心を引き出し始めた。
質問を耳にした主人は其の途端石の様に凍りつき、言葉を暫く必死に
探しているようだった・・。して漸く声を喉の奥から苦しそうに絞り出す。
「実は・・私の今の妻が・・雛菊が死んだあと分かったんだが・・
彼女が毒を仕込んだんだそうだ。元々雛菊は病気がちで、よく
今の妻が此処に来ても気にもしなかったみたいでな・・其れをいいことに、
妻は毒を・・正直私も、雛菊に嫌気を感じておったんだ。だから、其の侭・・」
そう言葉を切ると、城の主人は角張って皺の走る手で顔を覆い、肩を震わせた。
「貴方が代々命よりも大切にしていた宝刀に乗り移ったのも、
強く訴えを伝えたかったからでしょう・・。後で、貴方と妻の方と一緒に
お墓参りをしてあげて下さい。無事成仏出来るでしょう・・」
そして、主人から憑き物落しの報酬を得ると、二人は
日の出に包まれて輝く古城を後にした。
「何か、皆可哀相でしたねぇ・・。雛菊さんも主人さんも妻さんも」
次の目的地へ向かう旅の道中、湖頃はぽつんと呟いた。
「え?雛菊さんは分かるけど、如何して主人や妻まで?」
「えっ・・だって、雛菊さんも病気にならなければ二人の仲も悪くならなかっただろうし、
主人さんだって浮気しなかったし、妻さんも殺すなんてこと・・」
星は重い重い溜息を一つ、長ーーーく吐いた。
「・・・湖頃、何で御前はそんな考えしかせんのだ・・
明らかに悪いのは雛菊さんを看病しなかった主人だろうが」
「えーーっ、そうですか?誰も悪くないですよぅ」
おかしなことに、何故か湖頃には人を憎む感情が大きく欠落しているのだった。
ふぅと一息吐いて星は呆れ顔で湖頃を見なおしたが、
それからふっと優しく笑った。
「ま、其処が御前らしくて良いんだがね」
「あっ、星さんが笑ってるぅ。ふふ」
正午も近い日に照らされた並ぶ二つの短い影をゆらゆら揺らしながら、
二人は穏やかな新緑の光と影を浴びて、
まだまだ長い無事へと再び足を戻したーーーーー。
終
…はい、そんな訳で!!
『白河夜舟の子守唄』様にてキリ番1100ヒットを踏んで書いて頂きましたvv
季滝のオリキャラ「黎野星」と「橘湖頃」が登場するSSです♪
この作品、ネット上で公開してるわけでもなく、
あまつさえ執筆開始したばかりだからこの2人のことなんて全く知らないといっても過言ではないんですが、
こんなにキャラの特徴をしっかり掴んでらっしゃる蒸苔侍さんに感動しましたvv
嬉しさのあまり自分で背景描いちゃいましたが、何だか不完全燃焼で申し訳ない;
良いですねー悪霊退散!!みたいな感じ。
なのに湖頃曰く「皆可哀想」………(しみじみ)
いいんです。こういう考え方が一番湖頃らしい。
でもやはり一番湖頃らしい一言といえば「星の思う方を斬って」発言です。
見てて自分でも「あー…確かにこいつ、こんなこと言いそう。」って思いましたもん。
この作品にて蒸苔侍様には『湖頃マスター』の称号を贈呈させて頂きました♪(いらん)
ではでは、蒸苔侍様、どうもありがとうございましたvv
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